世界は「構造」でできている

もし、世界に私ひとりしか存在しなかったとしたら、
社会は形成されず、文化も生まれず、
コミュニケーションは存在し得ない。

現実には、多くの人間が存在し、活動している。
その結果として、社会や文化が形成され、
コミュニケーションが生まれている。

そこには、上下関係や前後関係、因果関係が生じる。
これらは、言語化しようとすると構造の話になる。

だから私は、人生も、選択も、悩みも、
構造として捉えられると考えている。

悩みを因果だけで捉えようとすると、
後悔や怒り、自責や他責といった感情に
呑まれてしまうことがある。

一方で、悩みを構造として捉えると、
起きた結果を、意味づける前に
事象として観測する余地が生まれる。

これは、私が今そう考えている、というだけの話です。