自己理解は、
自分を説明できるようになること
ではないと考えています。
性格。
強み。
弱み。
それらを把握すること自体が
目的になると、
かえって
扱いにくくなる場面もあります。
目次
自分を「決めにいかない」
自己理解という言葉は、
自分を定義する行為として
使われがちです。
私はこういう人間だ。
これが向いている。
これは向いていない。
整理には役立ちますが、
決めすぎると
行動の幅が狭まることもあります。
自己理解は、
固定するための作業ではありません。
変わる前提で扱う
人は、
状況によって
反応が変わります。
環境。
役割。
関係性。
それらが変われば、
自分の振る舞いも
自然に変わります。
自己理解は、
変わらない本質を探すというより、
変わりうる存在として
自分を扱う視点に近いものです。
分からない状態を許容する
自己理解が進むと、
分かることが増えるよりも、
分からない部分が
目立つことがあります。
それは後退ではなく、
観測範囲が広がった
結果とも言えます。
分からない状態を
無理に埋めようとしないことも、
自己理解の一部です。
行動の理由を観測する
自己理解は、
頭の中で完結しません。
行動した結果として、
見えてくる部分があります。
なぜ疲れたのか。
なぜ続かなかったのか。
なぜ楽だったのか。
それらを
善悪で評価せず、
事象として観測する。
その積み重ねが、
自己理解につながります。
このテーマをどう扱うか
ここでは、
自己分析の方法や、
性格診断は扱いません。
自己理解を、
自己改善の手段ではなく、
自分を扱いやすくするための視点として捉え、
判断や行動を
少し軽くするための
観測軸を置いています。

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