今でこそフリーランスの私。
そんな私も20代の頃は普通の会社員でした。
新入社員の頃を思い返すと、
先輩や上司に言われてモヤっとしたことが何度もあったなと思います。
でも、そのモヤモヤを不満で終わらせず、
何が起きてこうなって、どうすれば良かったのか。
こんなことを考えながら改善する日々でした。
今回は、そんなお話をしてみようと思います。
成果を上げろと言われるが
ある日のこと。
会社の方針で〇〇に取り組んでいくから成果を上げろ。
という指示が出た。
成果を上げるために出来ることが思いつかなかった。
思い付き限りを試してみたものの、
蓋を開ければ案の定、大した成果が上がらなかった。
指示が具体的ではなく、
成果を上げるという結果をミッションとされたことに
当時の私はモヤっとしました。
後から振り返ると、
思いつかなかったのは経験不足からくるものだった。
思いつかないのに、誰かを頼ることをしなかった。
成果を上げるために何をすればいいのか、
上司に聞くことは良くないことだと思っていた。
考えてみれば、
目的は成果を上げることだったのだから、
成果が上がらないであろう状態を放置する方が
よっぽど良くないことなんですよね。
でも、社会経験の少ない私は、
聞く勇気が持てなかったのだと思います。
具体的な指示を出さない上司が悪いのか
では、
指示が具体的ではなかったことが悪いのか?
そうではないと思います。
上司が何を意図していたのかは今となってはわかりませんが、
もしかしたら、相談されることを望んでいたのかもしれないですね。
そして、相談されないということは、
何らかの策を自力で考えられたのだろうと推測したのだと思います。
すべては想像ですが。
ここにある事実は、
成果を上げろという指示と、
何をすればいいかわからず放置した私
だけです。
聞くことは悪いことなのか
そもそも、
わからないことを聞くのは悪いことなのか?
これも、そうではないと思います。
自分で考え、自分なりの方法で目標達成を目指す。
それは素晴らしいことだと思います。
でも、何も思いつかないのに、
その状況を変えずに放置してしまったということは、
私自身が何もしないことを選択した
ということです。
誰が悪いという話ではなかった
具体的な指示を出さない上司
わからないことを聞かなかった私
わからないまま放置した私
誰かが悪いということではないのだと思います。
モヤっとしたとは、私の感情の話であり、
私の感情が動いた犯人捜しをする意味がないんですよね。
成果が出なかった責任は、
最終的には上司が取ることになる。
私自身も、
成果が出なかったことで少々怒られはしたものの、
それは納得の結果でした。
当時の私は何故犯人捜しをしていたのだろう。
ふと疑問に思ったお話でした。
仕事を通じて何かを得たいと思っていた
当時の私はまだ経験が浅く、
この仕事から何を得たいのかが見えていなかった。
でも、
労働の対価はお金だけだとも思っていなかった。
せっかく同じ時間を費やすなら、
給料以上の何かを持ち帰ろうと考えていました。
成果が上がらなかった理由や、
成果を上げるためのノウハウも良いかもしれません。
しかし、
成果が上がったかどうかの外側にも持ち帰れるものはありました。
それは、
何もしないことも選択である
と気づけたこと。
この一件をきっかけに、
わからないことをそのままにしておくことは、
このまま成長しない自分を良しとする判断である
と認識するようになりました。
モヤっとからはじまった小さな出来事も、
それ以降の人生にひとつの価値観を与えてくれる出来事でした。
だから今は、
誰かにモヤっとしたときほど、
すぐに相手のせいにしないようにしています。
このモヤモヤは、
自分が何を大切にしていて、
何を選ばずにいたのかを教えてくれる材料かもしれない。
そう思えるようになっただけでも、
あの頃の失敗には意味があったのだと思います。

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